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マイケル・マチョスキー著  2021年12月28日

ワイルド・ウエスト・コンピューティング(the Wild West of Computing)には煙を放つ6連発銃も、酒場のきしむドアの音もありませんでした。 その代わり、カーネギーメロン大学(CMU)の研究室や教室でデジタル部門が誕生する中、1950年代から60年代の古いコンピューターが鳴らす電気音や高温のビープ音が鳴り響いていました。

この魅力的な技術革新時代はカーネギーメロン大学ポッドキャストのシリーズ「カット・パスウェイズ(Cut Pathways)」に記録されています。 ドキュメンタリー映画 「マウンズビル(Moundsville)」を製作し、ミュージシャンであり、映画製作者でもあるディブ・ベルナボ氏(Dave Bernabo)と同大学の口述歴史プログラムのディレクターであるキャサリン・バルベーラ氏(Katherine Barbera)が共同で制作しています。

「ワイルド・ウエスト・コンピューティング(the Wild West of Computing)」というタイトルのこの新しい上映はベルナボ氏のシンセサイザーコレクションから鳴り響く、ビープ音、ブーン、ブルブルという音から始まります。その多くは地元のアナログシンセサイザーメーカーであるピッツバーグモジュラー社(Pittsburgh Modular)と共同開発されました。

「スタジオにはたくさんの機材があり、コンピューターサウンドを作りだします、そしてついにそれらを使えるようになった!」とベルナボ氏は述べています。

技術分野のワイルド・ウエスト・コンピューティング(the Wild West of Computing)の時代は法律や慣習がコンピューターに追いつく前に常に最先端を拡張していました。カーネギーテック(Carnegie Tech)は1956年に計算センターを設立することでスタートしました。

「彼らは混沌(カオス)を信じていました」と、1960年代にカーネギーメロン大学(CMU)でコンピューターサイエンスの研究に携わっていたジェシー・クアッツェ氏(Jesse Quatse)は述べています。そして「ルールがないのです。それがこの大学の素晴らしく、かつ重要な部分であり、この大学がこれほどまでに偉大になった理由でもあるのです」と述べました。

第1回目のポッドキャストでは、1969年にカーネギーメロン大学(CMU)に着任し、1979年にロボット工学研究所を共同設立したコンピューター サイエンスのレジェンド、ラジ・レディ氏(Raj Reddy)がデータを自動的に処理、伝達するコンピューティング(computing)の歴史について語ります。1820年代に早期の計算機,ディフィレンスエンジン(difference engine)を設計し「コンピューターの父」と言われたチャールズ・バベッジ氏(Charles Babbage)が1800年代の電動織り機からひらめきを得て作成された計算用パンチカードの使用について説明しています。

創設者アラン・パーリス氏(Alan Perlis)は徐々に「コンピューターサイエンティスト」としての地位を確立し、アレン・ニューウェル氏(Allen Newell)やノーベル賞受賞者のハーブ・サイモン氏(Herb Simon)などの巨匠がこの分野を形成していきました。彼らは5000ポンドの巨大な初期のコンピューターIBM650やベンディックスG-20 (Bendix G-20)を担当し、その使い道を考えなければなりませんでした。

「これらは計算を行うためにビジネススクールで使われていました」とベルナボ氏(Bernabo)は述べています。「そしてこのようなコンピューターの登場により、より多くの人がそれらを使い始め、その性能を拡張していきました。」

「コンピューターサイエンスとは何か?コンピューターサイエンスを使い何をしたいのか?という疑問が出てきます。コンピューターサイエンスはワイルド・ウエスト・コンピューティング(the Wild West of Computing)なのです。つまり、探検と実験が自由にできる事を意味しています。」

ワイルド・ウエスト・コンピューティング(the Wild West of Computing)という名が示すように、それはまた激動の時代でした。 このグループは1960年代に、インターネットの前身であるARPA NETを開発した国防総省の一部門である国防高等研究計画局(ARPA)の助成金の取得を開始しました。1970年代に入ると、パーリス氏(Alan Perlis)が退社し、カーネギーメロン大学(CMU)は予算不足により、40人のスタッフを解雇しました。つまり、同校のコンピューターサイエンス学科の知的財産をゼロから再構築する必要がありました。

人工知能(AI)の基礎を定義したパイオニアであるパメラ・マコ―ダック氏(Pamela McCorduck)は数週間前に亡くなりました。彼女は2018年にインタビューを受けていました。この放映はパメラ・マコ―ダック氏とDARPA(旧ARPA)の元長官、クリント・ケリー氏(Clint Kelly)の会談でした。彼らは1980年代の自動走行車のテストについて語り、それが今日のピッツバーグでの自動走行車ブームに直接つながったのです。

このポッドキャストでは、主要な時系列を記録し、初期のカーネギーメロン大学(CMU)、コンピューターサイエンスのパイオニアがいかに個性的な方法で楽しくたずさわっていたかを紹介しています。

「彼らが70年代半ばに結成したチーズ協同組合について楽しい話があります」とベルナボ氏は言います。「皆でお金を出し合って、大きな円盤型のチーズを買うために誰かがストリップ地区に行きました。」

売り場にあったコーラ販売機も知らないうちに歴史の目撃者になっていました。コーラ販売機を補充すると、ボトルは冷たくなりますが、その状態は長くは続きません。 そこで彼らは新しく補充された時に信号を送るよう販売機をプログラムし、冷たいコーラを手に入れることができるようにしました。これはIT(Internet of Things)の初登場でした。

これら6つのポッドキャスト挿話のうちその2つは1956年から1987年までの多作な時代を記録しています。

「カット・パスウェイズ(Cut Pathways)はこのインタビューの記録が存在することを人々に伝える単なる手段です」とベルナボ氏(Bernabo)は述べています。 「30から40近いインタビューがあり、1回のインタビューにかかる時間は1時間から7時間です。 これはインタビューの記録のWeb上の案内表示、ブレッドクラムだ」と彼は付け加えました。

カーネギーメロン大学(CMU)のトピックを幅広く取り上げたポッドキャスト、カット・パスウェイズ(Cut Pathways)の第1回目のシリーズ番組も配信しており、第二次世界大戦の暗号解読者ジュリア・パーソンズ氏(Julia Parsons)の興味深い物語も収録されています。